先日、ついうっかり間違えて出社してしまい(コロナのため輪番出社)、そのまま帰るのも微妙なので、江の島神社と児玉神社に行ってきました。
午後から豪雨との予報でしたが、午前中はこれから雨が降るとは思えないような初夏の陽気です。最寄りの横浜駅で、しばしどこに行くか熟考。アクセスがいいので、箱根神社も考えましたが、雨レーダーを確認すると芦ノ湖は土砂降りの様子。ということで、久しぶりに江の島神社に行くことにしました。
江の島
江の島といえば、湘南です。最寄駅の小田急江の島駅周辺を歩く人達はサーファー風というか、南の島のリゾートっぽい人が多い。なんというか、リア充っぽい人ですよね。ウキウキしたつきあいたてのカップルがいちゃいちゃ(ふるっ)しながら歩いてます。
江の島は湘南海岸から相模湾へと突き出た周囲4キロの陸繋島。古くから観光名所で、神奈川県指定史跡・名勝、日本百景のひとつです。
今は、コンクリート橋脚(橋桁は木製)の「江の島弁天橋」は、古来は引き潮の時のみ洲鼻(すばな)という砂嘴(さし)が現れて対岸の湘南海岸と地続きとなって歩いて渡ることができたそうです。このような観光地になったのは江戸時代からのようです。
江戸時代後期には江戸庶民の行楽地として大山 – 江の島 – 鎌倉 – 金沢八景を結ぶ観光ルートが流行した。立て前は寺社参拝だが、景勝地や古蹟を訪ね、名物料理を味わい、名産を土産とするという側面が強くなってくる。江の島の風光は多くの浮世絵に描かれ、歌舞伎の舞台となるなど、広く知られるようになる。明治維新の廃仏毀釈により、与願寺は宗像三女神を祀る江島神社となり、宿坊は一般旅館へと転業した。1887年(明治20年)の鉄道開通、さらに1902年(明治35年)の江之島電氣鐵道の開通は江の島に多くの観光客を運ぶことになり、、修学旅行などで賑わうようになった。
引用:ウィキペディア(Wikipedia)
江の島の素顔
この江の島弁天橋は、いつ来ても、すごい人です。家族連れの観光客やカップル、地元の人やサーファーそのたもろもろ。
この日は到着時間10:00、平日、午後から豪雨の予定のためか、弁天橋を渡る人はまばら。残念ながら富士山は見えませんでしたが、白波たつ海原をのんびりと眺めながら、江の島に向かいました。
江の島は、駅から島へ向かっていく弁天橋から江の島神社入り口付近までは、本当に原宿?のような若々しい活気があって、明るくにぎやかな雰囲気です。若いカップルたちのデートにぴったりの雰囲気なんですよ。
ただ、島に入り、参道を通り抜けて、江の島神社に入ると、ちょっと(少しだけですが)雰囲気が変わります。
江の島の歴史・役小角(えん の おづぬ)
江の島は、推定約9,000年前の縄文時代前期の土器、石器、礫や縄文時代の住居跡や石器などの遺跡が発掘されています。海鮮が豊富で、住み心地は良かったんでしょうか。
奈良時代の700年になると、役小角(えん の おづぬ)が江の島岩屋で初めて修行したとの言い伝えがあるそうです。役小角って近畿の人じゃなかったっけ?と思い、調べてみると「役行者本記」によれば、伊豆大島に流された役小角(えんのおづの)は、飛行術で江の島に飛来していたらしい。
さすがオカルトの元祖。役小角(えんのおづの)は、三輪系氏族に属する地祇系氏族で、日本の仏教説話?「日本霊異記」にもしばしば登場する修験道の祖。役行者は、鬼神を使役できるほどの法力を持っていたといわれています。
修験道は仏教or神道?
修験道といえば、ほら貝持った山伏ですよね。ぱっとみ白装束なので、神道系?と思いますが、呪術なので、仏教?。修験道については、山伏のお寺として有名な京都にある聖護院(八つ橋でも有名です)から抜粋しました。この後出てくる空海もそうですが、役小角も呪術に優れ、神仏調和を唱えた人のようです。
修験道は、日本人は昔から山には神々が宿ると信じ、山の神を信仰して来た山岳信仰、自然崇拝に源を発した民族信仰を持っています。
これは日本の国土が山に覆われ、四季折々に変化する大自然と信仰が結びついていたからです。
山自体をご神体(法体)として拝むことに始まり、山の中、つまりご神体の中に入って修行することにより呪術的な験力を得る事を望んだのです。
また仏教が伝えられると仏教と融和し、神道・儒教・道教・陰陽道等をも融合して仏教的神道的色彩の濃い日本独自の神仏習合・権現信仰の色彩が強い修験道が完成されて来ます。
修験道では今から約1300年前に誕生された役行者神変大菩薩を開祖と仰ぎ、聖護院では平安期の高僧、第5代天台座主智證大師圓珍を中興の祖と呼んでいます。
三輪系氏族は、海人族の一部といわれていますので、そのためご祭神が宗像三女神なんでしょうかね?
平安時代には空海・円仁 鎌倉時代には良信、一遍 江戸時代には木喰が参篭
仏教界のスーパースターといえば、空海ですよね。しかし空海(弘法大師)って全国に伝説がありますけど、江の島でも修行していたとは、驚きです。
つまり江の島は、修行の地として魅力のある場所だったようです。今は観光地として有名な江の島ですが、実はパワースポットとしてもかなりの実力派。宗教施設は江の島神社だけと思っている人も多いと思いますが、九州の鹿児島にある高野山真言宗最福寺の別院として江の島大師があります。
この西福寺の住職は永田町の怪僧の異名を持つ池口 恵観氏。いろいろな噂のある住職ですが、呪術はかなりのものらしいです。一度だけまよいこんだことがありましたが、熱心な信者さんたちがご祈祷されていました。
修験地から参詣地へ
江の島神社は、北条氏にゆかりの深い神社だそうです。そのため、北条の家紋の「三つ鱗紋」の絵柄が至る所に見えます。
初代北条時政が江ノ島に参詣して、子孫繁栄を願ったところ、美しい女性の姿をした龍神があらわれ、願いかなえようと言った、そして龍の姿に変じて海に戻っていった後、三つのウロコが残されたという伝説がまだ伝わっています。
鎌倉幕府時代になると、「源頼朝の祈願により文覚が弁才天を勧請し、頼朝が鳥居を奉納したことをきっかけに、代々の将軍や御家人が参拝した」と言われています。鎌倉時代以後、「時々の為政者から聖域として保護され、参詣されてきた」という修行地から参詣地と移り変わっていった経緯があります。
江島神社
写真:市寸島比賣命を祀る「中津宮」
日本三大弁財天を奉る江島神社は、田寸津比賣命を祀る「辺津宮」、 市寸島比賣命を祀る「中津宮」、多紀理比賣命を祀る「奥津宮」の 三社からなる御社です。明治以前は神仏習合のお寺でしたが、廃仏希釈により、僧籍にあった人も神職となり、神社になりました。
6月は「夏越の祓」の儀式がありますので、江島神社にも大きな茅の輪と、七夕に向けて笹の葉と短冊がありました。
夏越の祓は、今年前半の半年間の穢れを清めて災厄を払う神事です。このあとの後半も無事に過ごせるようにと祈ります。
古来日本では、夏を迎えるこの時期、疫病が流行ることが多かったため、厄払いと無病息災のため、茅の輪が執り行われるようになったと考えられています。
私も意気込んでくぐりましたが、茅の輪って、お作法があって、8の字?にくぐるんですよね。いつも覚えられず、普通にくぐってしまいました。
たいていの神社にはくぐり方が書いてあるのですが、こちらにはなかったので、くぐるだけでいいのかしらと思って。でもその後にお参りしていたご年配の男性方はきちんとお作法通りにお参りされていて、さすがだなと思いましたよ。今後行かれる予定のあるかたは、事前に予習していくといいかも。
引用:箱根神社
ご祭神と由緒
ご祭神は、天照大神あまてらすおおみかみが須佐之男命すさのおのみことと誓約された時に生まれた神で、三姉妹の女神様です。
・奥津宮の多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)
・中津宮の市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)
・辺津宮の田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)
ご神徳はいろいろです。神奈川県の重要文化財に指定されている八臂弁財天をはじめ、妙音弁財天御尊像が有名なので、やはり芸事が得意な神様なのでしょうね。
この三女神を江島大神と称しています。古くは江島明神えのしまみょうじんと呼ばれていましたが、仏教との習合によって、弁財天女とされ、江島弁財天として信仰されるに至り、 海の神、水の神の他に、幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として、今日まで仰がれています。福岡の宗像大社や、広島の厳島神社と御同神でもあられます。
引用:江島神社HP
マイパワースポット
江の島は意外と広いです。だいたいの人達は、この江の島展望塔のある「サムエル・コッキング」苑あたりで力尽きるパターンが多いです。
このコッキング苑は、明治時代の英国人貿易商サムエル・コッキングに由来した和洋折衷で南国ムード溢れる植物園。なんだろう、山下公園のマリンタワーに通じるものがありますね。中に入るには、料金がかかるため、行ったことありませんが、周辺もお庭があって、見晴らしもすばらしいです。
あまりにも天気がよく、咲き乱れる花々に興奮して、女ひとり、ブルーのアゲハチョウを追いかけ、公園を走りまわってしまいました。不思議です。
いきいきと活力みなぎるというか。思わず走り出したくなるって相当なもんですよね。風はありましたが、素晴らしい天気。ここパワースポットかも?画像にあるごみみたいなシミはトンビです。
食べ物をぶんどられるらしいですが、何も持ってない女には近づいてきません。修行場と思われる谷を通り抜け、ふた山こえて奥津宮の多紀理比賣命へ。女性らしいふんわりとした優しい雰囲気です。ここまで来ると、人はあまりいません。心地よい風が吹いてきます。
奥津宮の手水の柱を支える亀は、耳がある珍しい亀さん。かわいいです!奥津宮の神使は亀。
本殿にも有名な八方睨みの亀さんがいらっしゃいます。残念ながら、社殿の撮影をする前に携帯の電源がなくなり、これ以降の写真は撮れず。八方睨みの亀さんは、どこから見てもにらまれているように見えるということ。
江戸の絵師・酒井抱一によって描かれ、平成六年(1994年)に片岡華陽が復元。藤沢市有形文化財指定され、実物は社務所にて保管されているそうです。ここにくると本当に穏やかな気持ちになれます。うーんここもマイパワースポットですね。中津宮は、きりっと爽やかな、湖のような静けさがあります。一方奥津宮は、さざ波が優しい瀬戸内海の島のよう。パステルカラーです。
お参りしていると、ぞくぞくと人がやってきました。そろそろ帰ろう、と思ったら、↑この石畳のすきまにパンプスのヒールがぶっささり、抜けないっ。
あらーもっといてってこと(・・?と思いつつも、風が強くなってきたので、そろそろお暇しようとヒールを抜いて歩き始めるとまたもやヒールが挟まり、抜けなくなるという(歩き方が下手なだけです)。「また来ますね~」と手を振って奥津宮をあとにしました。
妄想タイム
まったくもって、霊感はないのですが、五感の延長で、楽しく妄想することにしています。サムエル・コッキング苑まで戻ってきて、ベンチで一休み。妄想タイムです。
お社自体は、女性らしい優しく、優美な感じですが、島自体は、わりと荒々しい男性的な感じかも。もしかしてこのコッキグ苑の近くがそういった気があるのかもしれませんけど(江の島大師はこの近くにあります)。天候が荒れ気味のほうが本当の江の島の力が見えるそうです。
天の気と地の気と水の気が一体になるらしい。まれにみるパワーが現出するそうです。ぜひ見てみたいところですが、嵐の江の島って怖そう。家帰れなくなりそうだし。「機会があればぜひぜひ」とお伝えしました。ちょっとどなたさまかわかりませんでしたが。
このあと、児玉神社にお邪魔して帰りました。児玉神社の件はまた次回に!
江ノ島へのアクセス
夏は国道が混みますので、電車でいくのがベストです!
引用:藤沢観光協会
江島神社近くの酒蔵:熊澤酒造
江の島近くに酒蔵はなく、茅ヶ崎の熊澤酒造さんが、最寄りの?酒蔵です。残念ながら、お邪魔したことはないのですが、湘南では知る人ぞ知る老舗の酒蔵です。
茅ヶ崎が本店ですが、藤沢駅南口にMOKICHI CRAFTBEERがあります。クラシカルな雰囲気のビアパブ。湘南ビールや熊澤酒造の日本酒「天青」もいただけます。気軽に立ち寄るのにぴったりですね。
ビールのタップは常時12種。造り手が表現した風味を大切に注がれる1杯を心ゆくまでお楽しみ頂けます。NYスタイルピザは1枚ずつ手伸しでクリスピーな焼上がり。グリルやローストを中心に前菜までビールとの相性にこだわった一皿が味わえます。
熊澤酒造の日本酒 – 熊澤酒造株式会社
熊澤酒造は、明治5年に創業して以来湘南の風土が生み出す手作りの少量生産による良質な酒を作り続けています。 「天青」とは、中国の故事にある「雨過天青雲破処」という言葉からとったもの。我々もその幻と言われる「雨過天青青磁」の…
オンラインストア IMADEYA ONLINE STORE(お酒の通販いまでやさんで購入できます)
その後の開運報告
なんと!その日は、雨に降られず、傘を使うことなく帰宅できました!その後、このブログを開設しましたので、やはり芸術にご神徳のある神様だけありますね。ではまた!
【参考】
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